東京地方裁判所 昭和23年(ワ)441号 判決
原告 田源産業合資会社
被告 東京商工株式会社
一、主 文
被告は、原告に対し、東京都中央区日本橋堀留町二丁目七番地三所在鉄筋コンクリート造陸屋根三階建地下一階付一棟一階二階三階共各百五十坪四合一勺、地階百五十二坪九勺の内二階の事務室十坪を明け渡せ。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決は、原告が金十万円の担保を供するときは、假にこれを執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「主文第一項記載の建物は原告の所有であるところ、被告は正当の権原なくして右建物中二階事務室十坪を占有しているから、その明渡を求めるため、本訴に及ぶ。」と陳述し、被告の抗弁に対し、
「被告主張の事実中、原告が訴外合資会社新生社(以下新生社と略称する。)との間で右建物につき被告主張通りの賣買契約を結び、これと同時に、契約後新生社において右建物に修理を加えることを承認したことは認めるが、新生社と訴外小関小三郎との間に被告主張のような賃貸借契約が結ばれたことは知らない。その余の事実は全部これを否認する。被告主張の右賣買契約の約定中には、新生社が契約に基き建物所有権を取得するまでは、建物の一部たると全部たるとを問はず、その占有を他に移轉しない旨の特約があつたものであり、しかも、右賣買契約は、新生社の代金債務不履行の故をもつて、昭和二十二年八月十四日解除となつたものである。」と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告の主張に対し、「原告主張の建物が原告の所有であり、被告が右建物中原告主張の部分を占有していることは認める。」と述べ、抗弁として、「訴外新生社は、昭和二十二年六月三日原告との間で、原告から右建物及びその敷地を代金は金五百九十五万円とし、その所有権の移轉は、代金の支拂と同時にすることと定めて買い受けることを約したのであるが、新生社は、右契約前から当時燒ビルにすぎなかつた右建物を占有し、巨費を投じてその復旧工事に着手していた特別の関係にあつたので、原告は、所有権留保の特約にかゝわらず、新生社が建物所有権を取得するに至る以前でも、所有権者と同様の立場で、右建物を占有管理して、復旧工事を続行し、且つ、修復完成の部分から順次自ら使用し、或は他に賃貸して使用收益することを承認していた。しかして当時創立準備中であつた被告会社の発起人小関小三郎は、同年七月二十日頃新生社から右建物中二階事務室十坪を被告会社創立事務所兼被告会社成立後の事務所として使用するため、賃料一ケ月金五千円、毎月二十日拂、期間十年と定め、敷金二十七万円を差し入れて賃借し、同月二十五日その引渡を受けた。その後右の賃借権は、被告会社創立総会の承認をえて同年十一月五日その設立と同時に法律上当然に被告会社に承継せられたものである。かりに右の賃借権が当然に承継せられたものでないとしても、被告会社は、右設立の日に発起人小関小三郎から原告の承諾をえてこれを讓り受け、適法に右賃借部分を占有しているものである。しかして原告と新生社との前記賣買契約が原告主張の通り解除せられたことは爭わないが、その結果新生社が右建物について前述のような管理権を有しなかつたこととなつたとしても、右小関は、前記の通り右解除前すでに賃借部分の占有の引渡を受けていたのであるから、第三者たる小関の賃借権は右解除によつて害されることがない。從つて、小関から右の通り適法に右賃借権を取得した被告会社は、原告に対しその権利を主張しうるのであつて、被告会社が右事務室を不法に占有するものとして、その明渡を求める原告の請求は失当である。なお、前記賣買契約において、右建物の一部または全部の占有を他に移轉しない旨の特約がなされたことは否認する。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告主張の建物が原告の所有であり、被告が右建物中二階事務室十坪を占有していることは、当事者間に爭がない。そこで被告の抗弁について判断する。訴外新生社が昭和二十二年六月三日原告との間で、原告から右建物をその敷地とも代金五百九十五万円、その所有権の移轉は代金の支拂と同時にすることと定めて買い受けることを約したことは当事者間に爭のないところであり、被告会社代表者小関小三郎の供述及びこの供述により眞正に成立したものと認められる乙第五号証によれば、同年七月二十日頃当時創立準備中であつた被告会社の発起人小関小三郎は、新生社から右建物中二階事務室十坪を被告主張のような契約で賃借し、同月下旬頃その引渡を受けたことを認めることができる。被告は、新生社が右建物を他に賃貸するについて、原告の承認があつたものであると主張し、原告はこれを爭うからこの点について考えるに、証人本宮成泰、同渡辺敬吉、同米沢彦三郎の各証言及び原告会社代表者の本人訊問の結果に、証人本宮成泰の証言により成立を認められる乙第二号証、右建物の写眞であることに爭のない乙第九号証、成立に爭のない甲第六号証を綜合すると、右建物は、空襲で罹災した燒ビルであつたところ、原告が昭和二十一年九月中燒ビルのまゝこれを訴外岩城産業株式会社に賃貸し、次いで昭和二十二年二月中新生社が岩城産業株式会社から右建物の大部分を轉借して同年春頃から数百万円の経費を投じて右建物の復旧工事を始めたものであること、同年六月三日原告と新生社との間で、当事者間に爭のないように、前記の通りの建物賣買契約が結ばれ、この契約で、新生社が建物所有権を取得する以前でも右修理を続行することについて原告の承諾をえていたので、新生社は、右契約後引続きさらに復旧工事を進め、同年七月中旬頃には建物の外観上の一應の復旧成り開館式を催す程度に至つたのであるが、新生社としては、建物内部の工事費用を調達する必要もあつたので、工事の進行に伴い逐次建物の内部の各室を第三者に賃貸し、右賣買契約が解除せられた後原告側において右建物に対して仮処分の執行をした同年八月二十二日当時すでに二十数名の個人または団体から右建物内の各室を賃借占有していたこと、その間、新生社は、右建物を貸事務所等として他に貸與する旨新聞紙に廣告し、或は右建物の外側に貼紙して一般の賃借希望者を募集していたのであるが、原告会社の本店は、右建物から僅々数丁の近距離にあつて、原告側としては、新生社が右建物を自己の所有物と同然に使用管理していたことを知りながら、同月十四日、賣買契約が解除せられるまでは、新生社に対しても、また前記小関小三郎ほか右建物内の賃借占有者に対しても、何等異議の申出をした形跡のないことが認められるのであり、これらの事実からすれば、原告は、右賣買契約後新生社において、右建物を所有者と同様の立場で占有管理するとともに、これを自ら使用し、または他に賃貸して使用收益することも暗黙のうちに承認していたものと認めるのが相当である。右賣買契約の契約書であることが当事者間に爭のない甲第一号証によれば、右契約條項の中には右建物の一部または全部についてその占有を他に移轉することを禁ずる旨の約定のあつたことが認められるけれども、右に認定したように、新生社が右建物を他に賃貸していることは、原告において知らないでいたものとは思われない事情にありながら、何等の異議をも申し出なかつたということや、新生社が前記のように巨額の費用を投入して右建物の復旧工事を行つていた経緯から判断すると、右賣買契約後工事の相当進行した段階においては、原告としては、もはや、契約当初の右約定を固守する考でいたものでないと解するを相当と認められるから、右約定のあつたことは、必ずしも前記認定を不能ならしめるものとはいゝえない。証人前沢駒太郎の証言中、右認定に反する部分は、前記の各証拠に照らして信を措き難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうしてみると、前記小関小三郎は、合資会社新生社との前記賃貸借契約に基き、右建物中二階事務室十坪について、適法に賃借権を取得したものといわねばならない。
しかして、新生社が右建物について、右に認定したような内容の管理権を行使できたのは、右契約上の買主たる地位と不可分の関係において、原告からこれを容認せられていたからであると考えるのが相当であるところ、前記賣買契約が昭和二十二年八月十四日新生社の代金債務不履行の故をもつて解除せられたことは、当事者間に爭のないところであるから、新生社は右契約解除によつて、右建物については、最初から何等の管理権をも持たなかつたことになるわけであるが、前記小関小三郎が、右解除前である同年七月下旬頃すでに賃借部分の占有の引渡を受けていたことは、さきに認定した通りであるから、右契約の解除は、第三者である小関の対抗要件を具備した賃借権に何等影響を及ぼすことがないものといわねばならない。
ところで被告は、次に、右小関小三郎が右賃借部分について賃借権の設定をうけたのは、当時設立準備中であつた被告会社のために、その発起人として、設立事務を行うほか、会社成立後の事務所とするため設定をうけたのであるから、右の賃借権は、同年十一月五日被告会社成立と同時に当然被告会社に承継せられたものと主張するから、この点について考える。株式会社の発起人の会社設立に関する行爲によつて生じた権利義務であつて、会社成立と同時に当然会社に帰属するものは、発起人の会社設立に必要な行爲によつて生じたものに限られるのであり、設立に必要でない行爲によつて生じたものは、会社が成立しても当然会社に移轉することはない。発起人が会社設立事務を行うため、事務所を賃借する行爲は、設立事務を行うに必要な限度において、設立に必要な行爲であり、その賃貸借契約から生じた賃料或は敷金等に関する権利義務が会社成立とともに会社に当然移轉することのあるのは勿論であるが、かゝる賃貸借関係が会社成立後にわたつて存続する筈がないから、会社成立と同時に右の賃借権が会社に移轉し、会社と賃貸人との間に賃貸借関係が生ずるとする訳にいかない。また発起人が会社成立後の事務所に供するため賃貸借契約を結ぶことは、発起人としての権限を超えた行爲であり、かようなことは、会社の営業準備のためにするものにほかならないのであるから、会社設立に必要な行爲とはいゝえないのであつて、かゝる行爲によつて生じた権利義務は、たとい創立総会の承認をえても、会社成立の際当然会社に移轉せられるものでない。発起人の右のような営業準備行爲によつて生じた権利はどこまでも発起人個人の権利にすぎないのである。しかるに被告は発起人たる訴外小関小三郎の賃借権を被告会社において当然に取得したものと主張しているのであるから、この主張は失当であるといわねばならない。
さらに、被告が会社成立と同時に右発起人小関から原告の承諾をえて前記賃借権を讓り受けた旨の被告の主張については前記賃借権を被告に讓渡するについて原告がその承諾を與えたことを窺いうる何等の証拠がないから、到底これを認めることができない。
以上の通りであつて、被告の抗弁はついにこれを採用することができないから、被告に対し、その占有部分の明渡を求める原告の請求は正当としてこれを認容すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九條を、仮執行の宣言につき同法第百九十六條第一項を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 小川善吉 中田秀慧 村上悦雄)